自己侮蔑という男子の病気には、賢い女に愛されるのが最も確実な療法である(ニーチェ)
自己侮蔑という男子の病気は、殆ど底深く隠されていて、めったに表面に出る事は無い。賢い女というものも、底知れず隠されていてめったに会う事も無い。よって、その病気も、その病気を治す賢い女もこの世には無い!
故にこの格言の根拠は基本的に無いという事である!
私が個人的に見た事が有るのは、自己侮蔑という方法で自己満足している。或いは、微かな自信を、強烈な自己侮蔑で最大にアピールしようとしている、安易な姿です。それは男に限った事ではなく、男が、”最近腹が出てしゃがむのが苦しいよ”と言えば、”ご立派!ご立派!年相応の貫禄です”。”そうでなきゃ本当の意味でイタリア物のスーツが似合うとは言えないわよ”という会話が成立し、女が”最近、皺が目立つわ”と言えば、”それが成熟した女の魅力じゃないか。ワインもボジョレー・ヌーボーで騒ぐのはワインを知らない奴だけだよ”、”じゃぁ、貴方はワインも女も知ってるって事なのねぇ?”とか・・・
自己侮蔑と社交辞令に、会話の慣習と多少の教養が備われば、これは恋愛以前に社会の礼儀という事でしょう。
ところで、ニーチェって本当にニヒリストなの?
2006年09月12日
« 私達は2回この世に生まれる。1回目は存在するため、2回目は生きるために。(ルソー) | ブログトップ | 孤独と充実は紙一重(秋吉久美子) »



