私は人間だった。それは戦う者だということを意味している(ゲーテ)

その後、渋谷の宇田川町、東急ハンズの裏のネイルサロンへ。こちらは最近はまっている、艶々のジェル仕上げ。私の爪は薄くて柔らかくて、まるで皮膚が爪に変化する途中のような、触るとクニャクニャしちゃう、日陰のモヤシのような爪なんです。だから、伸ばそうとしても、いつもどこかの爪が捲れるか、剥けるか、破れるか、折れるかして上手くいかない。それがこのジェル仕上げのコーティングに出会ってからは、爪の長さが同じ、お手入れの行き届いた都会の女になれるぞ!自信を持ってコーヒーカップが持てる。自信を持ってカードのサインが出来る!?。爪のお手入れって武器のお手入れと似てると思う。手入れをしてないと、いざというときに役に立たない。手入れをし、細工を施した爪はいざという時が有るんだよというサインに感じられる。戦闘態勢の緊張が感じられる。どの程度の武器なのか、お互いに品定めすることも出来る。今日は、手の指はフレンチネイルのドレスダウンといった感じで、先はゴールドブロンズで光らし、中央に向けてアトランダムに散らしてみた。足は黒褐色。左の親指の爪にラインストーンでクロスを置いてみた。新しいアクセサリーを買ったときみたいに興奮した。ペディキュアも結構大事だ。着物の褄を返した時の内側の柄と同じだからね。なんかそこで分かるんだよね。ジムのサウナに入るとバスタオルから出た足先には、まず二通りの種類がある。ペディキュアをしてる人と、してない人。そこで、もうお休みなのか、活動中なのかが判る。次にペディキュアをしているグループの中で、流行の色か、本人の好みの色か、あるいはしょうもない色(一度塗りの赤など)かによっていかに真剣か、真剣じゃないかが分かる。なにしろ武器なんだから、誰と戦ってるのか、何と戦ってるかは知らないけど、やっぱり綺麗な武器は効率のいい武器だろう、としみじみ眺める。
私の行ってるお店は「MARIS」といいます。最後に別荘地のお洒落なプチホテルのカフェに置いてあるみたいなメニューを、何故かネイリストが持ってきて、”どれになさいますか?”と聞く。昆布茶とか、ハーブティーとか、オリジナルブレンドのコーヒーとかを選ばせてくれる。ネイルサロンのオリジナルブレンドのコーヒーって面白いよね。エスプレッソの機械で入れたというほろ苦いイタリア風でした。今日は長かったので中間でコーヒー、最後に昆布茶を飲みました。デザートはマンゴープリン。全部オイシかった。

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2006年10月25日

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