エゴイズムでない人間は、精子の段階で消滅する(別役実)


掘り出した獲物
週末に茨城の牛久まで芋掘りに行ったんです。いきなりですが、掘り出しました、芋たちを。誘ってくれた友達の中に一人プロの佇まいの人が居て、それは畑を持っている農家のお母さんでした。やっぱり都会から来ていると、はしゃぐというか騒ぐというか、ウザイんだよね。彼女は微笑みながら黙々と掘り取った芋を積んでいました。サーファーが波に馴染んでいるように土に馴染んでいました。結局、私って芋を掘りながら、彼女を見ていた気がする。彼女と芋と土を。芋って、根っ子なんだよね。だから、根っ子の極々細いところがでっかく太くなったのが芋なんだよね。というのが、芋掘りをしているとよく分かる。いまどきだから、育たなかった芋の形をしていない芋も、サラダにしよう!とか、可愛い飾ろう!とか色々言ってくれるけど、昔は飢饉で芋も育たなかったみたいな深刻な問題なんでしょうね。根っ子のまんま芋に成らなかった芋を見ていると、子供のときに何もかもが不思議だった頃を思い出す。東京近郊は全部田舎なんだから、繰り出すべきだよね、田舎に。”書を捨てよ。野に出よう”と故、寺山修二さんも言ったっけ。言ってなかったっけ。
2006年10月15日
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