なんと一言も言わずに行ってしまったのか。ああ、真実の愛とはそういうものなのだ。真実は言葉で飾るより以上に実行を待っているのだ(シェークスピア)

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タンタン危篤!、"吐いてご飯食べへんし.フラフラしてて起き上がらへん”という現在のタンタンの家族からのメールを受け取った。タンタンのお父さんの診断によれば、長くてあと三日という事だった。生きててくれ、私が行くまで!。タンタンはもう14歳、いつ死んでもおかしくない歳だ(注:タンタンは犬です)。”来週行きます、間に合いますように”とメールを返した。タンタンもこんな私の犬だけあって、あっちに預けられたり、こっちに預けられたり、臆病で不器用な犬なのに苦労に苦労を重ねた。最初に土の上に降ろした時はぶるぶる震えていた。何代も続いたアメリカンチャンピオンの末裔で血統書は申し分ない。姿形は相当にハンサムだ。ミニチュアシュナウザーは本来一本気で頑固、ということになっている。確かに。タンタンはその上に弱虫がくっついた。家庭用としては理想的なのだそうだ。あんまり気が強いと後々大変ですよ。ミニチュアシュナウザーは気が弱いくらいが丁度いいんです。と、ケンネルのおじさんが言っていた。確かに・・・。何か考えている、だけど表に出さない。出せないのかもしれない。さよならとありがとうだけは言いに行かなくっちゃ。ご苦労様という気持ちで胸が一杯になった。ペットの人生をまっとうした犬である。何処に行っても可愛がられた。姿形も美しいし、気が弱いところも、甘ったれなところもみんなに好かれた。
そしてはるかかなた、滋賀の山奥に終の棲家を見つけたタンタン。一日三回散歩に連れて行って貰って,夜はこの家のお父さんとベッドで寝る。すっかり若さを取り戻したというタンタン。大自然に抱かれていたタンタン。待ってろよ~。名古屋でリハビリ中の愛犬フランソワーズをお見舞いに行く帰りに寄るからね、老犬タンタン!
まずはフランソワーズのお見舞いに車で名古屋の動物用リハビリセンターを訪問。夕方4時に施設を出tた。ドクターに聞いたら、滋賀まで,、まあ 1時間半もあれば、ということだった。まず近所の山本屋で、牡蠣入り煮込みうどんを食べた。シコシコして美味しかった。味噌の色は濃いのに意外としょっぱくない。その後、さあ行くぞ。待っててくれ タンタン!いざ!と東名高速に戻って、滋賀の八日市で降りるはずが、間違えて名阪に乗ってしまった。知らない、こんな道。怪しいと思って途中で降りてコンビニ、ガソリンスタンドと道を聞きながら、しゃくなげ街道というところに出た。タイヤを外しそうに狭い道で、杉の木林に挟まれて真っ暗。本当に着くんだろうか。遠くで光るものがあって、狼か、狐かと覗き込んでみたら鹿だった。猿が出るとは聞いていたが、時間差で夜は鹿なんだ。一匹、二匹、十匹。群れで真っ暗い田んぼの方に駆けていった。暗闇に白いお尻のバンビ達がいっぱい居た。またちょっと走ると今度は左手の山の斜面に太った犬みたいなものが走っていった。イノシシだ。でかっ。先頭のでっかいイノシシのあとにチビたちが続いている。ウリボウだ。「ウリボウだ!」と叫んだ言葉の響きがまだ嬉しい間に、今度は真上をバサバサ飛ぶものがいる。ムササビか?いや違う、うそぉ~、それはフクロウだった。自然の中でフクロウを見たのは初めてなので興奮した。フクロウは木の枝からこっちを見ていたが迷惑そうに山を降下して藪の中に飛んでいった。
やっと目指すタンタンのk家族のウチに着いたのは夜10時半。すいませんです。タンタンは結構元気で「お父さんの診断だと三日だったんだけど、前の犬の時には当てたのにね」という事だった。途中出会った動物たちの話に花が咲いた。タンタンはお尻から下はコタツに入り、頭は私の膝に乗せて気持ちよさそうに寝入っていた。私は心の中で「さらばタンタン」と告げた。「今日は一緒に寝れば?」とおウチの人は言ってくれたけど、私はタンタンなら絶対そんなことは無いと知っていた。タンタンはおやすみなさいというお父さんの後について、おやすみなさいも言わず引き戸の向こうに消えた。バイバイ、お互いに。


みそ

2006年11月14日

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