人は望む通りのことを出来るものではない。望む、生きる、それは別々だ。くよくよするもんじゃない。肝心な事は、望んだり生きたりすることに飽きない事だ。(ロマン・ロラン)

嵐は続く。マトゥーラには夜10時ぐらいに着いた。駅の外に出ると土砂降りの雨で、またまた客引きのモーターリクシャが100ルピーだ、60ルピーだと群がってくる。それじゃ勿論60ルピーで決めてリクシャに乗る前に、屋台のチャイを飲むとさすが田舎で5ルピーだった。熱々だったのに、寒いのであっという間にぬるくなる。フニャフニャのプラスティックで出来ているので、しっかり掴むと潰れてしまう。ヤムナー河沿いにあるというアーグラホテルを目指す。着くまでにまたまた、ここはどうだここはどうだと、しょっちゅうリクシャのドライバーが止まろうとする。こちらはあくまでアーグラホテルと繰り返す。「アズ・ユー・ライク(お好きなように)」ドライバーは言うのだが、またまた知らないホテルの前で止めようとする。道はガタガタするし、なんたってドアも窓も無いので膝にビチャビチャ雨が掛かる。すっかり染みとおって、腿が冷え切ってもまだ着かない。下水道の中を走っているようだ。やっと真っ暗い中をアーグラホテルに着いた。アーグラホテルと看板に書いてあるからアーグラホテルに違いない。それでも出てきたおじさんにアーグラーホテルか?と確かめた。まったく疲れてると何処に連れて行かれるか分かったものじゃない。最後の気力だ。ドライバーは遠かったからもっと代金をはずめと交渉用の怖い顔で迫ってきたが、「アズ・ユー・ライク」とぴったり60ルピー渡してドボドボ漏れるシャワーのような雨の中をホテルに駆け込んだ。河に面した部屋はあるかというと、幸いに空いていた。
次の日の朝は時差と興奮で6時に目が覚めた。窓を開けるともうそこがヤムナー河で、天気が悪いのにも関わらず夜明けの景色は墨絵のように美しく、道に掛かる電線やガートの小さな塔、木、ありとあらゆる所に、鳥のように猿が群がっている。ここが美と快楽、豊潤な人生のシンボル、ハーリークリシュナが子供時代に遊んでいたというマトゥーラか。ここにやってきたのは日にちも無いことだし、デリーから近いし・・・とガイドブックにあったヤムーナ河の免許証サイズの写真がやけに平和そうに見えたから。舞台の後で神経が病んでいたんだよね。それで、なんでインドかっていうと、そういう時こそエネルギーが散乱しているところに行きたかった。私のガソリンタンクは空っぽ。もう何を詰めていいか分からなかった。これでリゾートなんか行ってココナッツジュースでも詰めろっていうのか。と言いながらインドで安らげるところを探してるなんて、ますます気が狂ってる。動き回っているのは、休むところを探すためというムジュン!。まさにそのカオスがインドとも言える。
マトゥーラから約15キロのヴリンダーバンという町に昼間でかける、嵐の中を・・・・。この小さな町には4000ものヒンドゥー寺院が有るそうだ。お寺はいいので、蟻の巣を縦に割ったようなクネクネした路地を歩く、歩く。インドのお寺は、人が多くて疲れるんだよね。元気な時しか行けない。みんな列つくって回廊みたいなところをグルグル回って、日本の神社も同じだけど、どっかで止まってお賽銭置いたり、お坊さんに赤いビンディを付けられたり、それが元日の初詣みたいに滅茶苦茶混んでる。まだお寺に行く元気が無い。
物売りや町の人に呼び止められる度に”ハーリークリシュナ”、と返すと、”ハーリークリシュナ”と笑ってくれる。ここでは”コンニチワ”が”ハーリークリシュナ!”。時々、道で黄色とオレンジの僧衣を着た白人のお坊さん達を見かける。ああぁ”ハーリークリシュナ!”、来チャッタんだなぁ・・・ここまで。ユタ州から、アイオワから、リバープールから・・・。似合ってるとは言えないけど、まぁ他人のことだし。あっ、そういえばジョージ・ハリスンも時々来てたんだっけ?。あの人クリシュナ教だったよね。
« 人は望む通りのことを出来るものではない。望む、生きる、それは別々だ。くよくよするもんじゃない。肝心な事は、望んだり生きたりすることに飽きない事だ。(ロマン・ロラン) | ブログトップ | 人は望む通りのことを出来るものではない。望む、生きる、それは別々だ。くよくよするもんじゃない。肝心な事は、望んだり生きたりすることに飽きない事だ。(ロマン・ロラン) »



