人は望む通りのことを出来るものではない。望む、生きる、それは別々だ。くよくよするもんじゃない。肝心な事は、望んだり生きたりすることに飽きない事だ。(ロマン・ロラン)

アーグラがらベナレスまでは一等寝台がなかった。三階ベッドの寝台車で一番上だった。遠慮なんかしないでよじ登る。誰も気になんかしてない。またまたこんな感じだったかな、と思い出した。前にも乗った事がある。あの時は2月でとても寒かった。結構、カンフォタブルなんじゃないの?天井まで70cmぐらいで、座って本を読む、まではいかないけど、ベッドは思ったより心地よい。室内灯が第二次世界大戦の頃の白黒のヨーロッパ映画みたいにムードがあって、つまり心細い。コワーイんだよ。でもよく眠れた、よかった。
外が明るくなってきて、みんなが起きだした。梯子を伝って窓際の空いてる席に座ると、なんだか線路が多くなってきたような気がした。駅が近いってこと。
インド人はもの凄い荷物を持って旅行する。その訳が分かった。隣のボックスで、きっと親子なんだろうけど、老婦人がトランクの中から食パン一斤とジャムの瓶を取り出して座席でジャムパンを作りだした。だから荷物が多いんだね。そこまでしなくてもと思ったけど、サリーの婦人が列車で食パンにイチゴジャムを塗る姿は、とても優雅にも見えた。
アーグラのモーターリクシャーのドライバーがお勧めのゲストハウスに行ってみる事にした。駅から結構遠くて、しかも自転車の人力車だったので気の毒だった。彼らはとりあえず客が欲しいので、とにかく乗れ乗れと勧める。ホテルの名前も知らなかった。車とモーターリクシャーとロバと牛とが激流のようにぶつかり合う交差点を幾つも超え、あちこちで聞きながら30分も掛かって着いた。
遠いわけだよ。ガートの中でも一番上流のアッスィーガートのそばだった。これは不思議だ。とりあえず宿を決め、いずれアッスィーガートに移るつもりだった。インドに居るといつも行きたい場所に運ばれる。ガンジス河に沿って上流から下流まで60個以上あるガートの中で、しかもアッスィガートの周りはどちらかというと宿も少なく静かな場所だ。運良く、小さな部屋が一つ空いていた。明日になったらもっと良い部屋が空くという。部屋の交渉も会計も全て屋上のレストランでやる。まぁ、なんか食べて・・・。サワースープが美味しかった。
なぜかせわしく、とにかく日の暮れる前にガンジス河へと歩く。こっちだ、あっちだと言われ、狭い迷路のような石畳の道を行くと、「そこだよ」と小さな子供が最後の通りを教えてくれる。人が2人がすれ違える程の狭い道からいきなり急な階段が現われ、目の前にガンジス河が広がる。またもや、ガーン!この素晴らしさはなんだ。ヒマラヤに源流を成す底力か。大きな力にいきなり心臓だけでなく身体ごと鷲づかみされたようだ。
そのまま河沿いに降りて、昔泊まりたかった小さな美術館のようなホテルを探してみた。ヨーロッパ人に人気が有るらしく、いっぱいだった。隣の隣に言って見たら?と勧められたので素直に従う。いいんじゃないの。部屋が三つ、奥にマネージャー一家が住んでいる。ちょっとした民宿みたいな、多分普通の家をシャワールーム付けて貸すことにしたんじゃないの。しかもガンガービュー。部屋の窓からガンジス河が見える。レストランも何も無いけど、別にねぇ。どっか食べに行けばいいんだし。当分ここに住もう。泊まろうではなく、住もうという気になった。
インドの労働者クラスはビディという葉っぱで巻いたタバコを吸っている。インドの人は旅行者は金持ちだと思っているんで、私がそれを吸っているとバカじゃないかと笑っている。何言ってるんだ、私は先進国から来ているロハスなんだ。ビディはノンケミカルのオーガニックタバコ、身体に良いんだよ(そんなわけないか)。民宿の向かいに売店があって、BJというお兄ちゃんがコーラや水やキャンディーやトイレットペーパーを売っている。ビディは安いので旅行者向けじゃないのか最初は置いてなかったけど、仕入れることにしてくれた。
このビディってのが面白くて、外側がパーティーの時のクラッカーみたいな形をしていて、作った人の顔が印刷してある。職人によっては直ぐに消えちゃったり、程度の良し悪しがある。こいつのビディは良くない、このおじさんのビディはなかなか良い等と楽しめる。
19日の朝は五時に起きて五時四十分にボートに乗り込む。日の出が六時だからその前にボートに乗りたかった。薄暗い空がオレンジに染まっていく。河には雲が掛かっていて、その雲の上からもっとオレンジの太陽が昇っていく。が、形が変だ。誰かに頭をかじられたみたい。知らなかったけど、日食だった。今日から聖なる一週間が始まるという噂はこのせいだったんだ。それはありがたい。でも、もっとありがたいのは、地球が滅びない限り続くこの聖なるガンジス河の夜明けでしょう。オレンジ、ピンク、ゴールド、シルバー、と川面が動くたびに色がうねりながら変わっていく。河の底の方からタボラの音が聞こえてきそうだ。
インドでは何が本当か分からない。多分、自分の見たものが本当だ。物乞いにはお金をあげる。サドゥ(修行僧)には差し上げる。観光用のサドゥが結果商売だったとしても、差し上げるつもりで差し上げたのならばそれは貴方の心の中では本物のサドゥだ。知らずに母国に帰ればいい。安いものを貨幣価値が分からず思わず高く買ってしまったとしたら、それは貴方の貨幣価値だ。騙されたのではなく、自分の貨幣価値に相手が合わせてくれたということだ。つまり、彼は貴方、あるいは貴方の国の貨幣価値を知っている。貴方の心も知っている。もし知らないホテルに連れて行かれてぼられたとしたら、それは貴方の心が弱かった、嫌と言えなかった。あるいは疲れていた。全てを帳消しにするのは感動だ。何か一つでも感動出来たら旅をした甲斐がある。それを教えてくれたのがインドだ。
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