人生は、ケチな心配事ばかりしているには短すぎる(C・キングスリー)
いや、人生は長くなる。
今、またもや第五次ヨガブームが私の中で巻き起こっている。30年も前にヨガ教室を探すのはそれはとても大変だった。今ではヨガクラスといっているが、当時はヨガ道場といっていた、東京に幾つかしかなくて。ちょっと言わせて欲しいんだけど私って結構手をつけるのが早いんだよね。だから、まだ一般的じゃないうちに手をかけて、結構酷い目にあっている。
そのヨガ道場は、道場といっても青山の裏通りのマンションの2階に在って、狭い2DKかなんかで、ふすまを取り外してあって、ヨガと関係あるのだろうか、足上げ腹筋をやらされた。先生は髪を一つに結んだ女の人だったけど(学生運動やってる女子大生みたいだった。あと、新興宗教の誰かみたいな・・・ありがち)、「”気”で引き上げるんだ!」と言ってやっと上げた足を手でボンと叩き落した。重さを感じなければ持ち上がる、とさえ言った。それが、私が始めてヨガを体験したときのことだった。壁にはわら半紙に「参加者募集。ヨガ合宿。早朝マラソン」と張ってあって、私を震え上がらせた。二度と行かなかった。
いまは空前のヨガブーム。スパでもジムでもヨガを手軽にやってくれる。あぁー助かった。でも、こうなってみると、やっぱりカジュアルなヨガはイヤになっちゃうんだよね。
友達が凄く良いヨガの先生がお教室開いているというので行ってみた。事務所みたいな感じの、しいて言うなら幼稚園の教室から椅子を退けた感じの部屋だった。そこで教えているヨガは(ここからはヨーガといいます)、アシュタンガ・ヨーガ (Ashtanga yoga)といって休む暇も無い、流れるように前の動きが次の動きの基礎となり、次の動きがその次の動きの準備となる。まるで、完璧なお茶の点前のように進んでいく。最初にトライアルした後の一週間は筋肉痛でアッチもコッチも痛くて不愉快だった。2回目からは筋肉痛がなくなった。しかも、重くてしょうがなかった身体は、畑から引っこ抜いたばかりの大根が干したかんぴょうに変わった様に軽く感じられてきた。三回目は二週間空けたけど、なんだか楽しくなってきた。今また、1週間空けている。時間が無いんだけど、身体は行きたいなぁと言っている。ヨーガをやっていると、人生が長くなる。呼吸が長くなる(ヨーガクラスの中だけだけど)。ヨーガの合掌をすると、これが不思議なことに自分の空間が広がる。ガンジス河にいる気分になる。星に手が届く気分になる。今度こそ、長続きして欲しいんだけどな。これってケチな心配事じゃないよね?
« 人は望む通りのことを出来るものではない。望む、生きる、それは別々だ。くよくよするもんじゃない。肝心な事は、望んだり生きたりすることに飽きない事だ。(ロマン・ロラン) | ブログトップ | 「明日死ぬように生きなさい、永遠に生きるように学びなさい」(マハトマ・ガンジー) »



