「明日死ぬように生きなさい、永遠に生きるように学びなさい」(マハトマ・ガンジー)

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インドのカルカッタでベガー(物乞い)達に追っかけられた挙句、しっかり囲まれてしまったとき、私は叫んだものだった。
「私はガンジーでもマザーテレサでもない。ただの旅行者なんだ。アンタ達みんなに、いつもいつもお金を上げてたら旅行も続けられなくなる。日本にも帰れなくなる。今日はみんなおしまい、解散」。ベガーたちは笑って許してくれた。じゃあ、明日ねと言って帰っていった。そのガンジーの教えが今やっと私に生きてくるかもしれない。

本当は去年やろうと思った。知ってる人は知ってる。知らない人は知らない。去年、私は母を亡くした。疲労困憊、悲しみ満載。なんでもないように見せる辻褄あわせだけで、去年いっぱいを過ごした。そして大学院受験のことはもう無理かと思っていた。だけど、ひょんな事からまた教授と電話で喋るチャンスがあり「どうなりましたか?」と聞かれたので「もう来年まで無理ですよね」と聞き返すと、9月入学もあると知った。「大学院は9月入学もあるんですよ、あと2週間で論文を出せば間に合います」!!!・・・5月といえば、母より3年前に死んだ父の命日は5月20日。これも因果と大集中して、2万5千字の論文を書き上げた。タイトルは「社会の成熟度による、社会定義と表現方法の関連性 - 日本における文化形式・一考察 -」。つまり、手をかけない刈り取りなんてないんだよ。しっかり耕しましょうっていうお話を書いたのよ。この論文が卒論として認められれば大学院受験資格が与えられる。あまりに大変過ぎて仕上がった後ホッチキスで止めて、「もうこれでいいや。通っても通らなくても」と自暴自棄にも似た虚脱感があった。目の下のクマは紅茶の染みみたいに濃くなっている。もう一生取れないかもしれない。
そして、論文は通った。が、やった!と思う間もなく、次は大学院に入るための試験と同じ意味のエッセイーをまた二つ書かなければならなかった。でも答案用紙じゃなくて、与えられた課題を果たしていくというこの論文システムの試験は、0から書き上げていくプロセスが、途方もないことに挑むようで、作品を仕上げると同じような喜びがあった。
そしてもう7月。大学院入学決定の公式発表があった。私はこれから、女優で大学院生です。哲学を学び、政治を学び、文化や芸術の活性化の為に研究生として奉仕していくのです。カッコイイ~!ふ~っと。
私もこれでやっとガンジーのお弟子さんの一人になれるのかな。ガンジーさん、待っててね


2007年07月26日

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