決して、決して、決してやめてしまうな(チャーチル)

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半年間、世界陸上に向けて選手たちの人間性を紹介する番組のインタビュアーをやってきた。一回目のゲスト、末續選手は笑うと顎がカッと開いて、華やかな若武者という感じだった。日本人は短距離に弱いという固定概念を打ち破るべく、200メートルに挑戦していくモンゴロイドDNA期待の星だ。
澤野選手は塵ひとつないスニーカーをスタジオに並べてくれた。陸上の選手は恐ろしく几帳面なのかも。0.01×10は0.1、みたいな世界だもんなぁ。棒高跳びだって1cm上げていくのは大変なわけだし・・・と筋肉を鍛え、尚且つミクロを見据えていく競技に関わる選手の特異性を感じさせてくれた。
毎回訪れる選手たちは芸能人ではないので、最初はみんな緊張している。だけど、こちらから興味を持って一生懸命聞き込んでいくとキラキラ光る瞳で自分達の世界を伸びやかに語りだす。どの選手も魅力的だった。インタビューに飽きるということはなかった。

そして、遂に世界陸上大阪大会が始まった。一度は訪ねたかった世界陸上。大会3日目の月曜日は日本期待の室伏のハンマー投げ、女子100メートル決勝、そして早稲田大学の竹澤君が出場する10000メートルの決勝。私はオリンピックも行った事がなく、陸上を観戦する為にスタジアムに訪れるのは始めてだった。もうびっくりした。テレビと違うのはあっちでもこっちでもやっているということ。それはドラマではなく実技だった。ハンマーがどこかのラインを超えるたびにウォーという声が上がるが、誰だか分からず大型スクリーンを見上げる。ああ、今のは室伏だったんだ、よかった80メートル越えた。けどもうちょっとかな、と思う間もなく、女子の100メートル決勝。ゴールラインのまん前の席に座っているのに誰が1位だったか分からない。観客はお互いにお互いの顔を見て誰だった誰だった、分からない分からないと大騒ぎ。結果写真判定でジャマイカのキャンベルが1位に決定した。いきなり隣の通路を越えてジャマイカ人たちが叫びながら押し寄せ、また隣の隣のブロックのジャマイカ人たちと合流して抱き合った。でも2位も同じ記録だからなぁ、とクールな私。こうなると1位、2位は関係ない。こういう気分も会場にいないとわからないのかも。結局、選手たちは記録を目指して走ったり飛んだり投げたりするんだけど、見てるほうとしては感情移入して興奮するというよりも、スタジアムにいる全ての選手を認めて受け入れる証人のような気分になってしまう。
竹澤君もホントによくやった。10000メートル、トラック25周をもくもくと走り抜ける姿勢は素晴らしかった。たまたま一緒に観戦することになった元マラソンランナーの増田明美さんと、初対面なのにいきなり気があって「よくやってる、よくやってる。本当によくやってる竹澤君」と二人で感嘆しながら見た。これがテレビだと、やっぱり首位争いには食い込めなかった、という結論だけを見てしまうのだろう。
この日の室伏選手は残念な結果に終わったが、私はこの1日をスタジアムで過ごせた幸運に満足した。この日はたまたま今回の日本人選手に蔓延する足がつったりなどのトラブルがなかった。もし、トラブルがあった日に観戦していたとしたら、どんな風に感じたのかは分からない。
決して、決して、やめなかったからこそスタジアムで記録を競うことが出来る選手たちである。スタジアムにいる全ての選手が決して、決してやめなかったからこそ、今この時、ここにいる。
まず競技の前に競技はあった。参加している全ての選手は既に十分に殊勲を立てている。
それなのに、足がつったり、転倒して運ばれるというのは、やめなかったのにやめなければいけないという状況だろう。
だけど、やはり家に帰ってきてテレビで次から次へと続く日本選手の不運を見てしまうとそうも言っていられない。どうしてもそこに注目してしまう。
誰が悪いんだ、どうしたらいいんだ。どうしたらいいんだろう?
(サカモリ君も、どうなっちゃってるんですかねぇ、と心配している)


2007年08月30日

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