行動力のある者のように考え、思考力のある者の様に行動せよ(ベルクソン)

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これが3回目の舞台なんですよ。卒業のミセス・ロビンソン。恋のカーニヴァルの四役シャルロットさん、ベティちゃん、イレーヌ君、ジョルジェット様。そしてやってきました”恋はコメディー”、浅丘ルリ子さんのセリーヌ、渡辺えりのアンナ、私の役はいい歳してまだまだ小悪魔のナターシャ!ついにやってきたかナターシャ、と感慨ひとしお。子供の頃から本が大好きでクリスマスといえば枕元にプレゼントとして置いてあるはずの本をまさぐり、サンタさんが来たことを確かめてから寝付く少女時代をおくってきた。ナターシャといえばヒロイン中のヒロインではありませんか。戦争と平和、カラマーゾフの兄弟、車輪の下を読まなければ生きる意味が無いとい言われるほどの三大名作の中の、戦争と平和のナターシャ。それがたとえコメディーのナターシャだってなんだって、私はナターシャと言われれば受けるんですよ。
でもコメディーって難しいね。いやーびっくりした。テニスのラリーやってるほどのヒマはない。ピンポン並みのスピードで2時間セリフを打ちっぱなし。人間だからヘマもしますよ。でも、はずせばお客にバレる。まず自分がドギマギしてそれが相手に移り、誰かがドジると自分のせいじゃないかと自責の念にかられ、ナイスカバーして得意になってるつもりがリズムが壊れて、いつもと違うと思ってるうちに今度は自分がドジる。もう最悪だ最悪だ・・・と思っていても決して仕切り直しが利かない。走り高跳びを限りなく繰り返してゴールを目指すマラソンみたい。しかも46回公演!!思えば私は女優をやることによって数々のハンディーをクリアしてきた。
例えば、私は中学校ではトイレに1度も行かないほど自意識過剰だった。トイレの前に誰かが立っていると思うだけでおしっこが出なかった。その壁を女優になることによって打ち破った。これが自由奔放と呼ばれる私の本性である。小学校のときには授業中、頭が痛くなったり単純に疲れたりするとすぐ保健室に行った。保健室こそ学校の中の自分の部屋だと思っていた。もしかすると集中力が有り過ぎたのかもしれない。頭の良い子と呼ばれた。同時に忍耐力があるとは誰も思っていなかった。それが30年以上女優を続けてきている。そして今度は46回公演!!!はっきり言ってうんざりする。でもこのうんざりするほどの長さが、集中力を維持する忍耐力を与え、何かを乗り越えさせてくれてるのだと思う。立派だねぇ。(言うことだけ)
それはともかくとして、同じ役を、同じセリフを繰り返す。そして(これお世辞じゃないよ)大天才の浅丘ルリ子さんや渡辺えりちゃん、ミュージカルの俊英、石井一孝君や、命の限り走ることを知っている若干24歳の風間俊介君と約三ヶ月間、共にこのプロジェクトをやり続けていくのは、養成所や演劇学校を知らない私にとって、女優として素晴らしい体験だ。お芝居を続けながら人生を知っていく。人類を分っていく。これは女優の醍醐味でしょう。
さてさて、私は「それはもちろん」と言わなければいけないセリフを「さすがよくご存知」、28分後のセリフを言ってしまった。が、「さすがよくご存知・・・(みんな無言)・・・なのは私だった」とくっつけてめでたく難を逃れました。あるいは「ギョームを私にくだされば、翡翠はあなたに差し上げるわ」を何をとち狂ったか「翡翠を私に下されば、ギョームはあなたに差し上げるわ」と言ってしまい・・・(みんな無言)・・・これでは後半のストーリが繋がらないと思って「でも・・・ギョームを私にくだされば、翡翠はあなたに差し上げるわ。それが私の為なのよ」と偉そうにまとめた。その間中、私を囲む浅丘さんのゴージャスなお顔や、石井君のダイナミックなお顔や、えりちゃんの突拍子も無いお顔が、凍りつき固まっていた。あんな怖い思いをしたのは、フィリピンのある村で、乱暴なお兄さんにファックユーと言われ、お前こそファックユーと言って追っかけられたとき以来だった。しかもそのときは観光用に用意したワゴンの運転手がどっかでお茶していて、乗って逃げるつもりの車のドアが開かなかった。あの時は映画みたいだったなぁ。でも今度はお芝居の最中だし、本当に本当にもっとコワカッタ。

行動力のある者のように考え、思考力のある者の様に行動せよ。
毎日やってますってば、当分ね。えーっと3月26日までだっけ。


2008年03月08日

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